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中日友好演讲稿

来源:演讲稿 时间:2018-09-22 08:30:05 点击: 推荐访问:中日友好医院 中日友好协会

【www.jinantutor.com--演讲稿】

中日友好演讲稿篇一

中国と日本の绊 演讲稿 日语

中国と日本の絆

——異文化交流の大切さ

大学に入ったばかりの頃、なぜ日本語を習うかとよく聞かれた。そういう時、私はいつもあやふやな返事をしていた。何度も一体何のために日本語を選ぶかと自問したことがあった。正直に言えば、その前、いかにもこういうことはじっくり考えられていなっかたようだった。自分の将来を日本語を学ぶということに賭けて本当にいいのかという問題がずっと心に纏わり付いていた。しかし、日本語を習っているうちに、私は多分答案を見付けるようになろう。

日本語を専門とした前、日本というと、私は大部分の中国人のようにまず中日戦争を思い出すかもしれない。さぞ中日戦争を題材とするドラマや映画なんか見ることが多いだろう。また、狭い日本は世界中に軽視されない国力を持っている。あるいは、まじめな日本人はいつもおじぎが好きだという印象だけを思い浮かべる。今思うに、なんと目が浅い。

さて、もし日本の発展歴史に溯るとしたら、日本が昔から世界の先進的な外来文化を摂取しながら、消化し、融合し、自国の文化を発展させてきたと考えられている。このうちに、中国と日本の絆が深いということを明らかに分かる。例を挙げると、最初日本語は漢字を借用して表記されてきたということをよく知られている。今になっても,漢字で表記することは日本語で動かさない地位を占めている。ここから見れば、漢字の伝来によって日本語は中国語に強く

影響されているように見える。

それにしても、近代に入ると、漢字は真っ先に経済を発達させてきた日本から当時遅れていた中国へバックされ始まった。例えば、中国で今まで広く使われている「経済」、「政治」、「法律」など言葉はその時こそ取り入られたらしい。さらには、今日社会学と人文科学においてこのような名詞と専門語は70%を占めているそうだ。数が本当に驚くほど多い。こういう言葉返しの現象は、日本のアニメーションを見るとか、中国人に書かれた漫画雑誌を読むとか、私がしみじみと感じられる。今日本語の中で「腹黒い」という言葉の漢字、すなわち「腹黒」は中国語で大きな人気がある言葉だ。その他、「次元」「写真」「人気」「萌える」などがたくさん中国語に現われるようになる。その中、直接そのままに取り入られる言葉があるが、訳してから借用される言葉もある。

このような言葉はある程度から中国語を充実する。それに対して、悪くないのではないかような気がする。それは文化のぶつかりまたは融合だと言えよう。ここに言語は中日の文化交流にとってかけ橋の役割を果たしているのだ。知らずうちに、つながりがますます深くなってくる。一方、このような交流は各自既存の文化を富み、お互いの発展を促すと思う。それなのに、伝わられてくる文化はもとより、大体同じだが、ずれも生じるに違いない。だから、使う時、注意しなければならない。

実は、言語だけでなく、中国は日本と多面から交流することがで

きる。先日、中国政府主催の「中日国民交流友好会」開幕式が東京の渋谷に行われた。それは両国の友好関係の歴史に新しいページをめくり、世界と未来に目を向け、中日関係を扱う努力をする表現だように思える。中日の絆がさらに結ばれてうちに、それをきっかけに、我々日本語を勉強する人、両国が互いの文化を理解し、友好関係を築くことを目指してささげる。これからそのためにがんばる。 以上です。

中日友好演讲稿篇二

中日友好的故事

中日友好的故事

鉴真到达日本后,受到孝谦天皇和圣武太上皇的隆重礼遇,754年2月1日,重臣藤原仲麻吕亲自在河内府迎接,2月4日,鉴真一行抵达奈良,同另一位本土华严宗高僧“少僧都”良辨统领日本佛教事务,封号“传灯大法师”、尊称“大和尚”。

根据圣武和孝谦的意愿,鉴真作为律宗高僧,应该负起规范日本僧众的责任,杜绝当时日本社会中普遍存在的托庇佛门,以逃避劳役赋税的现象,因此,孝谦下旨:“自今以后,传授戒律,一任和尚”。但是,这引起了日本本国“自誓受戒”派的反对,尤其是兴化寺的贤璟等人,激烈反对。于是,鉴真决定与其在兴福寺公开辩论,在辩论中,鉴真做出让步,承认“自誓受戒”仍可存在,但是作为正式认可的具足戒必须要有三师七证,结果贤璟等人皆被折服,舍弃旧戒。鉴真于是在东大寺中起坛,为圣武、光明皇太后以及孝谦之下皇族和僧侣约500人授戒。756年,鉴真被封为“大僧都”,统领日本所有僧尼,在日本建立了正规的戒律制度。

然而,758年,作为鉴真最主要支持者的孝谦天皇在宫廷斗争中失势,被迫传位给淳仁天皇。相应的,鉴真也遭受到排挤。758年,淳仁天皇下旨,以“政事烦躁,不敢劳老”为由,解除了鉴真“大僧都”一职,并将在宫廷斗争中败死的原皇太子道祖王的官邸赐给鉴真。次年,鉴真弟子在该官邸草成一寺,淳仁赐名“唐招提寺”,鉴真从东大寺迁居至此。淳仁还下旨,令日本僧人在受戒之前必须前往唐招提寺学习,使得唐招提寺成为当时日本佛教徒的最高学府。763年(唐代宗广德元年、淳仁天皇天平宝字七年)5月6日,鉴真在唐招提寺圆寂,入灭之前,其弟子为鉴真膜影,立夹漆像,传世至今。

764年,孝谦天皇镇压了惠美押胜之乱,重新登基。鉴真的弟子思托、法进等人相继成为“大僧都”,唐招提寺也得以扩建,成为日本建筑史上的国宝。鉴真所开创的四戒坛,也成为最澄开创日本天台宗之前日本佛教僧侣正式受戒的唯一场所。鉴真也被尊为日本律宗初祖。{中日友好演讲稿}.

5.2 弟子

鉴真在日本的弟子很多,其中法进(709-778)是鉴真讲授戒律和授戒的得力助手,被日本律宗奉为仅次于鉴真的“第二和尚”,撰有大量律学注疏,还经常向日本学僧讲述天台三大部4遍,深受欢迎;思托积极协助鉴真营造唐招提寺,在向僧众讲授律学之外,也讲授天台宗教义,撰有日本最早的佛教史传《延历僧录》,并撰写鉴真传记《大唐传戒师僧名记大和尚鉴真传》,日本元开的《东征传》主要是据此书撰写的;如宝在鉴真死后主持唐招提寺,在进入平安时代之后曾为桓武天皇及后妃、皇太子授戒,被日本律宗奉为继承鉴真、法进之后的“第三和尚”。

5.3 意义

鉴真东渡具有极大的历史意义促进了中日文化的交流与发展,佛教更为广泛的传播到东亚地区,对日本的宗教和文化事业发展产生了积极深远的影响,增进了中日两国人民的友谊。

中日友好演讲稿篇三

中日关系讲稿

中日关系

从时间角度来看,中日关系可分为古代,近代与现代关系。

从内容上划分,可分为地理关系地理关系、政治关系、 经贸关系、文化关系、科技关系、军事关系。

中日交往的三篇章:古代中日关系、近代中日关系与现代中日关系。

一、古代中日关系

1.古代中日关系中的友好交往:

隋唐时期日本派遣唐使、留学生、留学僧,而中国鉴真东渡日本,唐朝时设立的唐招提寺

2.古代中日之间的冲突:

明朝中期,倭寇(日本武士、商人、海盗)横行,当时戚家军(纪律严明、英勇善战)台州九战九捷(浙江),扫除福建、广东等东南沿海的倭患。

二、近代中日关系

主要指战争关系,入侵与被入侵的关系。

晚清时期

1.1894年,甲午中日战争。

2.1900年,八国联军侵华战争。

意义:日本成为侵华主凶,大大加深中国的半殖民地化程度。

南京政府统治时期

1.1931年9月18沈阳柳条湖事件,即九一八事变。

结果:日军占领了东北三省。

意义:中国人民开始了抵抗日本侵略的局部抗战。

2.1937年7月7日卢沟桥事件。

结果:平津相继陷落

意义:标志着全国性的抗日战争从此爆发

三次重要战役

1937年9月,林彪领导下的平型关大捷。意义:抗战以来第一次大捷。

1938年春李宗仁领导下的台儿庄战役。意义:取得抗战以来重大胜利。

{中日友好演讲稿}.

1940年8月彭德怀领导下的百团大战。意义:中国军队主动出击日军最大规模战役

三、现代中日关系

1.20世纪70年代中日建交,1972年,田中角荣访华。

2.1972年至今,曾在很长一段时间内,中日一直处于和平交往时期,友好合作共同致力于亚太地区的和平是中日关系的主流,但中日围绕历史和现实问题也存在着矛盾斗争。

中日关系十大困局

 南京大屠杀

 历史教科书问题

 慰安妇事件

 钓鱼岛事件

 参拜靖国神社

 台湾问题

 遗留化学武器问题

 日本加入常任理事国

 东海油气田{中日友好演讲稿}.

 对华援助

重点强调以下几个问题:

台湾问题

台湾问题是中日关系中的重要且敏感问题,日本一直较为谨慎地处理台湾问题。但是近年来,无论在日本政界还是学界中,亲台势力不断扩大,日本国内不断出现了要求重新定位日台关系、利用台湾问题牵制中国的氛围。

东海油气田

中日东海资源之争激化于2004年6月。双方分歧主要是:中国主张中日的经济专属区按照大陆架自然延伸原则划分,分界线应该是在冲绳海槽一带。而日本则一直坚持在东海划定“中间线”,并要求在“中间线”两侧进行共同开发。

遗留化学武器问题

从1997年到2006年的九年里,日本未销毁一枚遗留化武。在遗留化武数目上双方存在争议。日本政府在化武问题上采取承认但不赔偿,想尽量把处理往后拖,直到《禁止化学武器公约》失效,事情不了了之。

对华援助

日本对华援助始于1979年的大平正芳内阁,到2008年将正式结束。尽管ODA(政府开发援助 )的作用世人有目共睹,但近几年,日本媒体关于中国人对日本ODA“知恩不报”、ODA为日本创造了一个竞争对手的报道一直没有间断,让ODA这个字眼蒙上了一层厚厚的灰尘。

钓鱼岛问题

钓鱼岛自古以来就属于中国

(一)历史证据

1.明朝永乐元年(1403年)的《顺风相送》至明朝,曾有记载:中国人杨载在一三七二年首先驻足钓鱼岛。

2.清嘉庆十三年(公元1808年),沈复《浮生六记》卷五初稿《海国记》中明确记述古钓鱼台(岛)归属中国。

3.1894年爆发的甲午战争,随后签属《马关条约》,钓鱼岛及其附属岛屿作为中国部分领土被割让给日本。

4.二战结束后,在开罗宣言中对日本领土做出了明确划分,日本国土不含钓鱼岛。

(二)战略价值:

如果钓鱼岛被日本非法占据,中日就得按中间线原则划分大陆架,中国不仅丢失大量的海洋管辖区和海底资源 ,而且美日对中国的战略封堵线,将从第一岛链又前推到中间线以西。{中日友好演讲稿}.

从军事地理学角度看,钓鱼列岛有着十分重要、但并不为人多知的军事价值。在我大陆国土的海洋方向,形成一道大陆外缘天然的屏障。这一串岛屿的中段,我东海方向的正面,正好是琉球群岛和台湾岛,它们加上日本九州岛使我东海海区与太平洋分隔。

(三)资源价值:

这些海域中埋藏着足够日本消耗320年的锰、1300年的钴、100年的镍、100年的天然气,这些资源足以使日本由资源小国而成为东亚的资源大国。东海的油气储量大约77亿吨,亦足日本使用近百年。

钓鱼岛上有许多名贵药材。

钓鱼岛是我国东海靖鱼场,有着丰富的渔业资源,年可捕量达15万吨。

(四)美日参与钓鱼岛之争的目的。

美国目的:美国对钓鱼岛领土主权不持立场,但是承认日本拥有钓鱼岛管辖权。美国参与到钓鱼岛事件中主要是为了稳定其在亚太地区的地位,另一方面也是遏制中国的发展,毕竟中国强大了,美国的实力相对就削弱了,不利于美国争霸,在亚太地区攫取更多的利益。

日本争夺钓鱼岛更多的是为了扩大版图,获取资源,当然,另一方面也是为了

限制中国,威胁中国,毕竟钓鱼岛战略地位太重要

十大困局体现的主要问题有:领土之争、资源之争、政治干涉、否定历史、否认事实、篡改历史、拒绝赔款、拒绝道歉。

领土资源所属关系明确,不具有争议性;台湾问题属中国内政,日本不应干涉。历史问题,证据确凿,日本希望篡改历史,美化战争的行为只能让日本政府黑上加黑。拒绝赔偿,拒绝道歉,这是不人道的,这是明知有错,不知悔改的表现。

六大关系:中日之间的地理关系 、政治关系、经贸关系、文化关系、科技关系、军事关系。

(一)地理关系

地理上,一衣带水。

(二)政治关系

1、政治关系,二战结束后,日本投降,起初日本参与台湾问题,干涉中国内政,但中国始终坚持和平共处五项原则,促使中日邦交正常化。此后,日本政府仍不断干涉台湾问题、干涉中国内政,中日敏感问题上不断挑衅,中日关系逐渐向着下坡路趋势发展。

2、主要事件

 1952年4月28日,日本政府同台湾当局签订“和约”。

 1959年9月20日,中日建立和平共处五项原则和万隆会议十项原则,改善两国关系,促进人民友好。

 1972年9月29日,双方发表《中日联合声明》,实现邦交正常化

 1994年9月12日,日本政府允许台“行政院副院长”徐立德赴日出席广岛亚运会开幕式,对中日关系造成冲击。

 2013年9月5日,国家主席习近平在出席二十国集团圣彼得堡峰会期间与日本首相安倍晋三简短交谈,敦促日方正确处理钓鱼岛、历史等敏感问题。

 安倍“拜鬼”雪上加霜中日关系难以“破冰” ,中国领导人拒绝同日本首相会晤,高层断交。

(三)经贸方面

日本资源缺乏,需要从中国进口大量的初级产品,衣服,粮食等,中日之间签订过许多贸易协议,但也发生过许多贸易争端。日本不想让中国在贸易上获取太多的利益,对中国商品实施各种壁垒,降低中国商品价格,中国政府则在进出口、关税等方面打压日本。相对其他方面,经贸关系还算正常。

 1955年4月15日,我渔业协会同日本日中渔业协议会签订民间渔业协定。  1960年8月27日,周总理会见日本贸易界人士,提出我“对日贸易三原则”:政府协定、民间合同、个别照顾。

 1962年11月9日,廖承志和高碕达之助签署发展民间贸易备忘录。

 2001年12月21日,中日双方就解决大葱、香菇、蔺草席三种农产品贸易争端达成共识,日方决定不启动正式保障措施,中方撤消特别关税报复措施。

 截至2003年,日本连续11年为中国第一大贸易伙伴,2004年被欧盟、美国超过,退居第三,2011年被东盟赶超,成为中国第四大贸易伙伴。

 据日方统计,2009年,中国首次超过美国,成为日本最大出口对象国。

 2011年,中日双边贸易额3428.89亿美元、同比增长15.1%。中国出口额1482.98亿美元、同比增长22.5%,进口额1945.91亿美元、同比增长10.1%。中方逆差462.93亿美元。

 2002年冷冻蔬菜事件:日本以农药残留标准超标为借口,全面封杀中国对日本出口的冷冻蔬菜

 2005年紫菜事件:日本对中国干紫菜进行严格控制,2005年2月前,中国对日本的干紫菜出口为零,后来日本迫于压力,取消了限制

 2013年百人经济团访华寻突破,呼吁加快日中韩自由贸易协定谈判以及就解决大气污染问题合作 ,同年在河南郑州举办日韩经贸合作交流洽谈会

(四)文化关系

1、文化交流

关系特点:和平友好交往是主流

 两汉时期使节来往,光武帝赐金印

 隋唐时期:留学生,鉴真东渡影响深远

 近现代:中日大学之间的交换生,日本的汉语大学,

2、文化侵略

关系特点:或威逼或诱惑,从思想意识上麻痹国人。{中日友好演讲稿}.

 侵华战争时期:奴化教育

 和平年代文化渗透:色情文化

3、错误认识

 国人的错误认识:国人中少数对日本国民全盘否定

 日本人的错误认识:日本右翼分子参拜靖国神社,崇尚惨无人道的军国主义;否认历史修改历史教科书

我们应客观全面的看待日本政府和日本国民,不可以偏概全

(五)科技关系

科技差异上,日本科技相对发达,但随着我国科技的不断进步,中日之间的科技差距逐渐缩小。

科技上合作上,既有政府间的交流,也有民间交流。政府间主要签署多个科技合作协定,举行科技合作会议;民间合作主要是企业公司间的合作。总体上促进中日关系进步。

(六)军事关系

军事交流呈现出间断性,低水平,低层次,主要受到政治关系,领土关系影响。{中日友好演讲稿}.

1、近几年中日军事交流的特点:一直在低水平徘徊,且交流时断时续。

2、一是双方防务首脑互访时断时续,没有形成良性的交流机制。从2003年至今,最高层军事互访基本处于停顿状态 。

3、二是交流的层次还很低,近年主要集中在校级军官以下,且多以民间力量推动,权威性、代表性不够 。

4三是交流内容停留于表面,没有实质性进展,多数是参观、研讨和学习,而像举行联合军演、派员观摩对方演习、互通演习信息等实质性内容,至今仍是无法突破的禁区。

5、日本政府非法“购买”钓鱼岛而处于严峻局面 ,中日两国原计划在2012年建立防务部门海上联络机制目前已被搁置。

{中日友好演讲稿}.

中日关系集中体现和浓缩了国家关系的复杂性,它既是邻国关系,又是大国关系;既是“东西”关系,又是“南北”关系;既有历史上和平与对立的双重关系,又有现实中依存和竞争的双重关系。中日关系正处于历史上的关键时期,正确看待和处理中日关系,是两国人民,特别是两国政治家义不容辞的历史责任。从战略角度看待和处理中日关系是唯一正确的选择。从战略角度看待和处理问题,主要就是从历史、全局、未来角度思考问题和处理问题。

随着中国和日本综合国力的不断提高,虽然会出现这样那样的摩擦因为那是不可避免的,但还是会向着友好发展,希望不要有战争发生,毕竟战争劳民伤财,两败俱伤。

要善于从大局的角度看待和处理中日关系

 反思过去 总结经验

落后有时候不仅意味着挨打,更可能有亡国灭种的危险

 展望未来 更有信心

一个国家的发展不可能永远依赖别的国家,唯有发展自己的科技,文化,加强改革开放,学习外国的先进文化技术,坚持走符合中国现实的中国特色社会主义道路,坚持科教兴国战略,中国才能不被动,才能以更加健壮刚强的姿态屹立于世界之林。

中日友好演讲稿篇四

中日友好

中日友好について私ができること あなたの身近には、日本人の友達や知り合いがいますか?もちろん。今中国で暮らす留学生はおよそ35万人を超えました。私たち若者は中日両国友好進める新しい力として、何をできるでしょう?

「中日友好のために、微力ながらも全力を尽くしていきたい」。この言葉は中日関係に関することを語る限り、何気なく使っている人がかなりいるだろう。実は私もその一人です。しかし、何回も使った後、自分が「言葉の巨人、行動の侏儒」というような気がしました。今までのことを反省してみると、自分が中日友好に貢献したことは何一つもなかったです。そして、中日友好のために、言葉ではなく、何か行動しなければと決心した。

もちろん、私のような存在では中日友好を深めるということは、力は弱いですけれども、とにかく私は身近な日本人と付き合うとき、中国の文化や事情を伝えたいです。去年の冬休み、友達の紹介をきっかけに、私は地元の大学の日本人先生と出会い合いました。そして、日本人と交流を深めるいいチャンスだと思いながら先生を誘って地元の軽食やいいところを紹介して喜んでくださいました。それに公園でおばあさんたちが踊っている姿を見たら、先生も行列に入っておどってきました。「おばさんの踊り、素晴らしいですね」という先生の言葉を伝えてあげた時、おばさん達の笑顔はとてもわすれられませんでした。私は小さな友好の花を咲かせることができた

とうれしかったです。

人と人の付き合いは、相手が金持ちか貧乏な人かは問わず、性格も同じでなくてもいいです、一番大事なのはお互いの心です。国と国の関係も同じなのでしょう。「私にとって一番怖いのは中国人学生が出してくる戦争についての作文です」と、ある日本人の先生はおしゃっていました。確かに、戦争のことがいつも気にかかる人もいれば、その先生のように、戦争という言葉が怖がっていて、戦争より平和にことにもっと関心を持っている人もいますし、日本人の中にも歴史を尊重し、中国人と仲良しになりたい人がいます。私、中国人として、優しい日本人の心をぜひ中国の皆さまに伝えたいと思います。「風は吹けども、山は動かず。」これはわたしの決心です。 これからの中日友好のかけ橋になることを、私はこの手で、力を尽くして頑張っていきたいものです。中日交流の素晴らしい明日のため、両国友好の美しい未来のため、みんなさん一緒にがんばりましょう。

ご静聴ありがとうございます。

傅丽丽

中日友好演讲稿篇五

日文演讲稿1

中日の若者文化について

2012級日本語1班

学生番号:20127934

名前:李盼

皆さん、こんにちは!私は李盼と申します。よろしくお願いします。

今日私のスピーチのテーマは中日の若者文化についてです。若者文化というは大きなテーマですから、ここでは私は主に中日両国の若者の文化交流問題について話したいです。

ご存知のように、今中日両国の間にわだかまりがまだたくさん残っています

しかし、中日両国の若者の文化交流はすっかり断ち切れていません。「今流行文化は日本の若者はとても気にかけていて、日本のコミュニケーションの媒体はよくアジアの各国の流行文化を撮っています。日本の若者は中国の大きな都市へ旅行にいくとき、モダンな中国の若者を見て、その第一反応は親切だし、両国の若者もあまりギャップがないと思います」という報道を読んだことがあります。その言い方に私も賛成します。また、今両国の若者文化において、流行文化だけではなく、アニメ文化、新技術文化などの点にも共通感があると思います。特にアニメ文化です。日本のアニメ文化に夢

中になっている中国の若者がたくさんいます。さらに、日本のアニ

メが好きで、日本語を勉強したくなって、日本の若者の友達になりたいと思っている若者も少なくないです。

では、中日両国の若者の文化交流のために、どうすればいいでしょうか。

まず、両国の各レベルの政府間の友好交流を堅持しなければならないと思います。また、媒体も役割を果たして、両国間の一時の揉め事を冷静に分析し、これからの友好交流の立場にたって、正しく報道しなければならないと私は考えております。

要するに、文化には国境がありません。これから、互いに中日両国の若者の文化交流のパイプをもっと拡大をしておけば、その共同文化もどんどん多くなることを信じております。

以上です。ありがとうございました。

中日友好演讲稿篇六

深化中日友好交流,共创两国美好未来

深化中日友好交流,共创两国美好未来

5月23日,国家主席习近平在中日友好交流大会上强调,中日双方应该本着以史为鉴、面向未来的精神,在中日四个政治文件基础上,共促和平发展,共谋世代友好,共创两国发展的美好未来,为亚洲和世界和平作出贡献。

合则两利,斗则两伤。中日两国一衣带水、互为邻邦,古往今来,两国人民交流密切,在唐代时期,中国每年都会派遣唐使加强与周边邻国的交流,日本也会派大量学者来中国学习交流,先后涌现出林文郎、斐世清、藤原刷雄、吉备真备、最澄和尚等一批中日文化交流的使者,通过彼此间交流,促进了中日经济文化的大繁荣大发展。

随着经济全球一体化的加速,特别是日本军国主义掀起的世界战争,对中国人民和亚洲人民的侵略,严重伤害了中日民众的感情,但日本政府的不承认,甚至在钓鱼岛、南海等主权争端上频频挑事,给中日关系蒙上了阴影,让民间交流走向了低谷。

正视历史是深化交流的前提。前事不忘后事之师,日本军国主义在二战中对中国的伤害是客观的,不能以任何人的意志为转移的,日本必须清晰认识到所犯下的滔天罪行,只有日本政府与中国乃至世界人民一道,相向而行,主动承认错误,主动纠正错误,自觉承认和履行中日四个政治文件基础,以具体行动,真心诚意获取中国人民的谅解,才能推进两国睦邻友好,才能促进中日两国关系的改善,恢复两国间

的正常交流。

相互信任是深化交流的基础。惟诚可以破天下之伪,惟实可以破天下之虚,中日两国要深化民间交流,信任是基础。信任是人与人交往的纽带,莎士比亚曾说,“失去了诚信,就等同于敌人毁灭了自身”,日本政府曾经作出了伤害了中国人民感情的事情,但中日两国民众的主流是好的,只有日本政府端正态度,汲取经验教训,正确引导国内民众,拿出真诚的情谊,加强民间的交流,才能促进两国关系的根本改善。

务实合作是深化交流的条件。众人拾柴火焰高,加强两国关系,增进民间交流和往来,合作是重要条件,只有彼此间开展深度、广度的合作,才能形成彼此间交流的媒介,要牢牢抓住”一带一路”历史发展机遇,采取“互惠互利、合作共赢”的原则,深化彼此间在政治、经济、文化等各领域的合作,才能实现两国经济的共同发展,才能造福两国人民。

唯宽可以容人,唯厚可以载物。中日两国文化交流源远流长、历史悠久,要促进中日两国步入正常化轨道,根基在民间。只有不断保持和加强两国民间的文化交流,深化在各领域的务实合作,中日友好才能长成大树、长成茂密的森林,才能创造中日两国美好的未来。

作者:何康

电话:15983590682

本文来源:http://www.jinantutor.com/fw/214732.html

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